
1.分断ではなく、理解と共感を探して
ヴィーガンというライフスタイルや倫理的選択は、近年ますます注目を集めています。その背景には、動物福祉への配慮、環境問題への意識、健康への関心の高まり、そして社会正義へのまなざしがあります。
一方で、畜産業や漁業は、世界中で何千万人もの人々の生活の糧であり、地域社会にとっては経済の柱です。牛、豚、鶏、そして魚や貝類、海老、タコ、イカなどを育てたり獲ったりする仕事には、厳しい現場での努力と誇りが込められています。
ヴィーガンの主張と畜産・漁業従事者の現実の間には、しばしば感情的な溝が生まれます。しかし、どちらにも共通してあるのは「命を大切にしたい」という願い。私たちは互いの立場に耳を傾け、未来の在り方を穏やかに話し合うことができるのではないでしょうか。
2.ヴィーガンの視点から見る畜産業・漁業の課題
2-1. 動物の権利と苦しみへの気づき
ヴィーガンは、牛や豚、鶏などの家畜だけでなく、魚やタコ、イカ、貝類といった水産動物も「感じる力を持つ存在」と捉え、搾取や殺害に反対します。
畜産の問題点:
- 狭いケージ飼育、麻酔なしの処置、子の早期分離
- 工場的な屠殺と早すぎる命の終わり
漁業の問題点:
- 大量漁による「混獲」や「廃棄」
- 生きたままの締め、冷凍、窒息死など
- 養殖における密飼いや病気、抗生物質使用
魚も苦痛を感じ、逃げようとすることは科学的にも示されており、水産動物の倫理が改めて問われつつあります。
2-2. 環境への深刻な影響
畜産業の影響:
- 温室効果ガス排出(14.5%)
- 熱帯雨林伐採、水使用、土壌汚染
漁業の影響:
- 過剰漁獲による海洋生態系の崩壊
- 底引き網漁による海底の破壊
- プラスチック漁具による海洋ごみ・マイクロプラスチック問題
2-3. 労働者の精神的・肉体的負担
畜産の屠殺業務や、漁船上の長時間労働・危険作業は、労働者の身体と心をむしばみます。
- 屠殺場では「加害者誘発性トラウマ(PITS)」の問題
- 遠洋漁業では過労死・遭難・外国人労働者の人権問題
- 漁業も含め、高齢化と後継者不足に直面
3.畜産業・漁業で働く人々の現実と声
3-1. 生活と誇りをかけた仕事
- 畜産や漁業は、単なる「動物を殺す仕事」ではありません。多くの人々にとって、それは代々受け継がれた生業であり、地域の文化や風土の一部です。
- 「祖父の代からの漁師を守りたい」
- 「誇りをもって安全な牛乳や魚を届けたい」
- 「獲った魚はすべて命、無駄にはしない」
- 動物を商品としてではなく「育てる家族」「いただく命」として向き合っている人々がいることも忘れてはなりません。
3-2. 環境改善の努力
- 一部では、より倫理的で環境に配慮した畜産・漁業への試みも進んでいます。
- 平飼い卵、自然放牧牛乳
- 定置網漁、魚種限定の小規模漁
- サステナブル認証(ASC、MSC等)取得への挑戦
3-3. 経済的・構造的な困難
- 漁業者も畜産業者と同じく、次のような困難に直面しています:
- 天候や資源量に左右される不安定な収入
- 飼料や燃料の高騰
- 若手の担い手不足と高齢化
- 国際競争・大型企業との格差
畜産業そのものが存続の危機に直面している地域もあります。ヴィーガンという新たなライフスタイルが台頭する中で、「自分たちの仕事が否定されている」と感じる畜産・漁業関係者も少なくありません。
知ってほしい一つには、家畜たちに名前を付けて愛をこめて育てている畜産農家の方も多くいること。その人々は、殺さなくて済むのならと思われているのです。

4.対立ではなく、架け橋を築くために
4-1. 誰もが望む「良い未来」
ヴィーガンは、「動物を殺したくない」と思い、畜産業や漁業の在り方を見直そうとします。一方、畜産・漁業者の中には「動物を大切に育て、家族を養い、社会に貢献したい」と願っています。方法は違えど、「命を思いやり、未来に責任を持ちたい」という本質は共通しているのです。
- 動物にできるだけ苦痛を与えない
- 地球環境を守る
- 誰もが生きていける社会をつくる
この「共通の価値」から、穏やかな対話が始められるのではないでしょうか。
対立ではなく、次のような「共通の土台」から対話が始められるかもしれません。
- 動物に苦痛を与えないこと
- 地球環境を守ること
- 誰もが安心して暮らせる社会を築くこと
4-2. 公正な移行(Just Transition)の必要性
欧州では、「Just Transition=公正な移行」という概念が注目されています。これは、社会がサステナブルな方向へ転換する際、影響を受ける人々(この場合は畜産労働者や酪農家・漁業関係)を切り捨てるのではなく、職業訓練や補助金などの支援を通じて「誰一人取り残さない」転換を目指す考え方です。
たとえば、
- 植物性ミルクの製造工場への転換支援
- アグロフォレストリー(森林農法)などへの移行
- バイオダイバーシティを活かした観光農業への転用
- 培養肉や代替タンパク産業への研修プログラム
- 養殖漁業から陸上植物工場への転換
- 魚介から植物性たんぱく食品(テンペ、大豆ミート)へのシフト
- 漁港や畜舎の跡地を観光資源や体験農園として再活用
など、選択肢を広げる政策が求められます。 従事者が新たな道を歩めるよう、助成金・技術支援などの体制が不可欠です。
5.実際に起きている世界と日本の変化
5-1. 海外の事例
◆ アメリカ:酪農家からアーモンドミルク製造業へ
カリフォルニア州のある酪農家は、動物の苦しみに疑問を感じ、自身の牧場を植物性ミルク工場に改装。今ではヴィーガン市場を支えつつ、地域の雇用を創出しています。
◆ ドイツ:牛の頭数を減らす農家に補助金
環境政策の一環として、ドイツでは牛の飼育頭数を減らす農家に対し補助金が支給されます。その資金を活用して、太陽光発電や再生可能農業への転換を行う事例が増えています。
◆ オランダ:畜産規模縮小の国家方針
政府が農家と協力して、「家畜数の段階的削減」を進めています。農家には代替職業への転換支援が行われています。
◆ノルウェー:養殖漁業から海藻養殖への転換事例
5-2. 日本の動き
◆ アニマルウェルフェア型畜産の広がり
千葉、長野、北海道などでは、「平飼い卵」や「放牧牛乳」の生産者が登場。動物福祉への意識が少しずつ浸透しつつあります。
◆ 小さな一歩が大切な例
一部の元畜産従事者が、畜舎を使って「自然体験農園」や「ヴィーガンレストラン」を開業するなど、業態を変えながら持続可能な生活を築く試みも見られます。
6.これからの日本の社会に求められる畜産業と漁業の見直しと共存のための政策
6-1.国を挙げた畜産業と漁業の見直しが必要
- 畜産業と漁業のあり方を時代の変化に合わせて再考する必要がある。
- 持続可能性や倫理、環境への影響を考慮した政策の導入が不可欠。
6-2.包括的な政策の整備が求められている
- 単一の制度ではなく、多方面からの支援を組み合わせた包括的なアプローチが必要。
- 畜産業と漁業の縮小や転換をただ求めるのではなく、その背景にある生活や雇用を支える施策が重要。
6-3.動物を育てる以外の仕事への転換支援
- 畜産業及び漁業者が別の仕事に移行しやすいように支援金や補助金を整備。
例:植物由来の農業、地域資源を活かした事業、再生可能エネルギー関連産業などへの転職支援。
6-4.植物性食品や培養肉への生産シフトを促すインセンティブ
- 植物由来食品や代替たんぱく(例:大豆ミート、オートミルク、培養肉など)の研究
- 生産・流通を国が後押し。
- 税制優遇、助成金、技術支援などで民間の移行を促進。
- 補助金、職業紹介を組み合わせた包括的支援とあわせ自治体レベルでの伴走型サポート体制
6-5.職業訓練の充実
- 畜産漁業従事者やその家族が新しい職業に就けるよう、スキルアップを支援。
- 農業技術、食品加工、地域観光、介護・福祉など、地元に根差した分野の訓練プログラムを提供。
6-6.「第二歩」「第三歩」を踏み出す必要性
- 第一歩(意識の喚起や倫理的議論)にとどまらず、具体的な実行段階に進むことが重要。法整備や自治体レベルの取り組みなど、段階的かつ現実的な進展を図る。
6-7.対立ではなく共存を目指す
- ヴィーガンという倫理的選択と、畜産及び漁業に従事してきた人々の生活がぶつかり合うのではなく、共に未来を築く道を探る。
- 双方の立場に理解と共感をもって、共存可能な社会モデルの形成が目標。
6-8. 次の世代への教育と社会的合意形成
- 学校教育に「動物福祉」「環境と食」の視点を導入
- 市民による合意形成の場(審議会・地域フォーラム)の設置

7.畜産及び漁業から動物を救う時に、そこで働く人々のその後を考えなければならないでしょう。
畜産漁業から動物だけを救い出すことでは、本当の意味での救いとは言えません。
・畜産業から救われた、動物の行き先を考える。
・畜産魚業で働いてきた就労者の人々に寄り添った形での新しい仕事を見つけるため、国や地方自治体への働きかけなども同時に行い、しっかりとした働く人々の道筋作りがなければなりません。
重要なことは、動物のその後の行き先を探していることと、今まで動物がいたから、そこでの仕事はありましたが、動物がいなくなり、畜産魚業がなくなれば、そこで働く人たちは路頭に迷うことになりかねません。
そこで働いてきた人たちの新しい仕事を、働く一人一人のお話を聞き、その方、その方にあった次の仕事を探せる仕組みを作ることも同時に行わなければ、単純な畜産魚業の「反対」「反対」と叫ぶだけの愚かな運動になってしまうかもしれません。
8.未来をつくるための提案
● 教育と対話の場を増やす
ヴィーガンも畜産漁業従事者も、互いの立場を直接知る機会は少ないのが現実です。教育現場や地域イベントなどでの「対話型ワークショップ」や「体験型プログラム」は、相互理解を深める有効な手段になりえます。
● メディアの役割
動物や環境の問題に触れるドキュメンタリーや報道は、感情的な煽りではなく、誠実な取材と多様な視点の紹介が求められます。
● 多様な選択肢の尊重
完全な「ゼロか100か」ではなく、「アニマルウェルフェア重視」「週1ヴィーガン」「部分的代替肉の利用」など、中間的な実践も含めて、多様な選択肢が認められる社会が、分断を乗り越える鍵となります。
9.最後に:すべての命と生活が尊重される社会へ
ヴィーガンと畜産及び魚業の関係は、対立や非難では解決できません。そこには、命に対するまなざし、家族を支える努力、持続可能な暮らしを求める願いが交差しています。
大切なのは、「誰かを責める」のではなく、「どうすればみんなが尊重される社会を築けるのか」を共に考えることです。
人も、動物も、地球も――すべてが共に生きられるやさしい未来へ。
それをつくるために、私たちは今、心を開いて向き合い、少しずつでも理解を深める努力を始めることが求められています。たとえ立場が異なっていても、共に語り合い、歩み寄ることで、動物の命、人々の暮らし、そして地球環境のすべてを大切にできる社会が実現するかもしれません。小さな一歩でも、それが未来を変える大きな流れにつながっていくのです。