ヴィーガンと魚介類・だし|歴史・倫理・環境から考える魚を避ける選択肢

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ヴィーガンと魚介類の関係

ヴィーガン(完全菜食主義)とは、肉・魚・乳製品・卵といった動物性食品を食べないライフスタイルです。そのため、魚やエビ、貝類だけでなく、かつお節や煮干しなどの魚介由来のだしも使用しません。

「日本人は古来より魚を食べ、鰹だしを使ってきた」このイメージは、現在では広く共有されています。しかし、日本の食の歴史、科学的知見、そして現代の環境問題を総合的に見直すと、この像は日本史全体を反映したものではなく、近代以降に形成された比較的新しい物語であることが分かります。

日本で魚が日常食になったのは近代以降

魚は非常に腐敗しやすい食材であり、保存・輸送技術が未発達だった時代には、日常的な食材にはなり得ませんでした。 日本の食文化は、理念や精神性のみで形成されてきたものではありません。どのような食材が利用可能であったかは、運搬手段、保存技術、地域条件といった物理的・技術的制約に強く影響されてきました。これらの条件を踏まえて歴史を整理することで、私たちが現在抱いている「和食像」は、より実態に即した形で理解することができます。

流通と技術の変遷から見る食生活

  • 古代〜中世
    魚は沿岸部での地産地消が中心で、内陸部では塩蔵・干物として限られた量が届くのみでした。用途も献上品や儀礼的消費が主で、庶民の日常食ではありません。
  • 江戸時代
    街道整備と近海漁業の発達により、京都・大坂・江戸など都市部では魚食文化が発展します。しかしこれは都市と沿岸部に限られ、日本人口の大半を占める農村・内陸部では魚は依然として非日常的でした。
  • 明治以降〜戦後
    鉄道、製氷、冷蔵・冷凍技術の普及で、初めて全国規模で魚が安定流通します。

魚の流通と位置づけ(整理)

時代魚の位置づけ主な流通・保存技術
古代〜中世聖域・献上品塩蔵、乾燥、発酵
江戸時代都市文化(江戸・大坂)街道整備、近海漁業
明治〜戦前全国普及の始まり鉄道、初期の製氷技術
戦後〜現代日常食・全国均一化冷蔵・冷凍流通網

現代の「魚が当たり前の食卓」は戦後以降の産物です。

日本の食の基層は植物性資源

日本の長期的な食生活を見た場合、魚介類が中心であったとは言えません。仏教文化の影響のもと、「殺生」を避ける価値観が長く続いた日本では、日常の食事は以下のような構成が基本でした。

  • 主食:米・麦・雑穀
  • 主要なたんぱく源:豆類(味噌・醤油)
  • 副食:野菜、山菜、海藻

魚や獣肉が全く食べられていなかったわけではありませんが、栄養と味の基盤は植物性食材にありました。全体として植物性比重が高かったのです。

とくに縄文時代は、クリやドングリなどの堅果類を中心とした植物食が主で、魚介類や狩猟はそれを補完する役割にありました。貝塚は魚介利用を示しますが、貯蔵穴や石皿・すり石、炭化した木の実の遺物などから、植物が計画的・継続的に利用されていたことが確認されています。骨や貝殻が残りやすいという特性により、植物食は過小評価されがちですが、現在の考古学では植物中心の食生活が重視されています。

出汁は「取るもの」ではなく「滲み出るもの」

昔の料理では、「出汁」と「具材」は一体で、分離されていませんでした。出汁とは、野菜を煮ることで自然に生まれる煮汁そのものであり、そこに味噌や醤という大豆由来の発酵旨味(アミノ酸)を重ねることで、動物性素材に依らない完成度の高い味が成立していました。「野菜だし」という言葉が存在しなかったのも自然なものです。

鰹節もまた、現在のような本枯節が成立・普及したのは18世紀以降で、地方農村の日常品ではありませんでした。多くの地域では、昆布・干し椎茸・野菜の煮汁こそが出汁の基盤でした。

この植物性の食文化を支えた重要な要素が、豆や昆布です。昆布は乾燥による高い保存性を持ち、魚よりも早く広域流通が可能となり、内陸部や寺院においても安定した旨味源として用いられてきました。

「和食=魚とだし」のイメージの形成

「和食=魚と出汁(だし)」という現在広く共有されているイメージは、必ずしも日本の食の全歴史を反映したものではありません。明治以降、日本が近代国家として自己像を整える過程で、「日本固有の食文化」を分かりやすく定義する必要が生じ、江戸の都市料理や京都の懐石・有職料理といった、象徴性の高い食文化が「標準的な和食」として選び取られました。12

一方、地方の農村で日常的に営まれていた穀物・野菜・豆・漬物を中心とする食生活は、あまりに日常的であったため記録に残りにくく、歴史の表舞台から見えにくくなりました。西洋の肉食文化に対抗しうる「日本の特徴」として、技巧的な魚料理や鰹節を用いた出汁文化が強調された側面も否定できません。

本来「和食は引き算の文化」と言われる場合、それは高級な食材を重ねることではなく、水と火、少しの塩によって野菜や海藻といった素材そのものの力を引き出す知恵を指していました。日本の食文化の基層には、植物性食材を中心に旨味を重ねる長い歴史があります。

そのため、魚の臭いや骨を本能的に避ける感覚や、植物性の食を心地よいと感じる嗜好は、日本の食文化から外れたものではありません。四方を海に囲まれた日本においても、精進料理に代表されるように、動物性資源に依存しない植物性の旨味を高度に活用する文化が育まれてきました。

現代のプラントベースな選択は、決して突飛な流行ではなく、日本の食の長い流れの中に位置づけることのできる、自然で日本的な選択の一つだと言えるでしょう。

動物倫理|魚も苦痛を感じる生命

近年の動物行動学や神経科学の進歩により、魚類に対する私たちの認識は大きく変化しています。
魚はもはや「単なる資源」ではなく、苦痛やストレスを感じる主体的な生命であることが、科学的に示されつつあります。34

痛覚の科学的証拠

魚類には哺乳類と同様に、有害な刺激を感知する「傷害受容体(ノシセプター)」が存在します。さらに、鎮痛剤を投与すると回避行動が抑制されるという研究結果は、魚の反応が単なる反射ではなく、主観的な不快感や苦痛を伴う体験である可能性を強く示唆しています。5

漁業現場で起きていること

大量漁獲による圧迫、網の中でのパニック、水揚げ時の窒息。これらは魚にとって明確な苦痛の兆候です。

釣り針が口に刺さったとき、網の中で身動きが取れなくなったとき、水揚げされ空気中で呼吸できなくなったとき、魚は激しく暴れ、ストレス反応を示します。こうした行動は偶発的な動きではなく、苦痛に対する明確な反応として理解されています。

倫理的一貫性という視点

もし「不必要な苦痛を与えない」という倫理を牛や豚などの陸上動物に適用するのであれば、魚類だけを例外とする合理的理由は見出しにくいという考え方が、ヴィーガンの立場です。

環境負荷|海洋生態系の崩壊と汚染

現代の商業漁業がもたらす環境負荷は、すでに地球規模の問題となっています。

過剰漁獲と混獲

国連食糧農業機関(FAO)の報告によれば、世界の漁業資源のおよそ3分の1は、すでに過剰漁獲の状態にあります6。加えて、目的としない生物を死なせてしまう「混獲(バイキャッチ)」や、放置された漁網が生き物を捕らえ続ける「ゴーストフィッシング7」は、海洋生態系に深刻な影響を与えています。

海底環境と養殖の問題

底引き網漁は、重い網で海底をさらうことで、炭素を貯蔵する海底環境を破壊し、海の回復力を大きく損ないます。また、養殖についても、餌としての小魚への依存、抗生物質の使用、排泄物による水質悪化など、必ずしも環境負荷の少ない解決策とは言い切れない現状があります。

マイクロプラスチックと汚染物質

海洋に流出したプラスチックは微細化し、マイクロプラスチックとなります。これらは、PCBやDDTなどの残留性有機汚染物質(POPs)を吸着しやすく、食物連鎖を通じて魚介類の体内に蓄積される生物濃縮が進行しています。

プラスチックごみと海ガメ

健康リスクと持続可能性

魚介類の摂取は、かつてのイメージとは異なり、現代では特有のリスクを伴うようになっています。

有害物質の蓄積

食物連鎖の上位にいる大型魚には、神経毒性を持つメチル水銀が蓄積されやすく、内分泌かく乱作用や発がん性のリスクが懸念されています。

そのため日本でも、妊娠中の人などに対し摂取量への注意喚起が行われています8

食料安全保障の不安定さ

海洋酸性化や海水温の上昇により、従来の漁場は失われつつあります。加えて、漁業権や海洋資源をめぐる国際的対立も深刻化しており、魚介類への依存そのものが不安定な食料モデルになりつつあります。

プラスチック汚染は、海洋生物、特に魚介類に蓄積される

栄養・代替技術はすでに整っている

植物ベースの食生活は、動物を介する食料生産よりもエネルギー効率が高く、増加し続ける世界人口に対する、より安定的で持続可能な食料モデルとして注目されています。

  • オメガ3脂肪酸: 魚油に含まれるEPA・DHAは、もともと魚が食べている「微細藻類」が合成したものです。現在は藻類由来のサプリメントや、体内で変換可能なALA(亜麻仁油、クルミ等)から摂取が可能です。
  • 代替シーフード: 大豆タンパク、コンニャク、キノコ類を用いた「植物性シーフード」の技術が進歩し、食文化としての楽しみを損なうことなく移行できる環境が整いつつあります。
  • 海藻という日本的選択: 昆布、わかめ、のり、ひじきなどの海藻類は、ミネラルや食物繊維が豊富で、日本の食文化にも深く根付いています。魚介類を使わない和食の出汁としても活用でき、磯の風味を自然に取り入れることができます。

「本来の日本食」への現代的アップデート

現代において、動物の命を奪う行為は、もはや生存のために不可欠な選択ではなくなりつつあります。

「魚を避ける」という選択は、日本文化の否定ではありません。むしろ、植物性の旨味を深く探究してきた先人の知恵を現代の視点で捉え直し、生命への配慮を科学と技術によって更新する、極めて日本的で理にかなった選択だと言えます。

科学的知見、環境への配慮、健康リスク、そして代替技術の発展を総合すれば、「魚を食べない」という判断は、感情論ではなく、理性的で持続可能な未来を見据えた選択として位置づけられます。

歴史と科学の両面から見ても、植物性の食を基盤とし、不要な殺生を避ける姿勢は、日本の伝統と静かにつながる自然な更新形態です。

それは、動物への共感、地球環境への配慮、そして自身の健康を守るための、静かで、しかし確かな、合理的かつ倫理的な意思表示なのです。

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  1. 第17回 日本のだし文化とうま味の発見(国立国会図書館 ミニ電子展示「本の万華鏡」)
    https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/17/ ↩︎
  2. 和食文化の保護・継承に向けた事業の紹介(農林水産省)
    https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/ ↩︎
  3. 魚は痛みを感じる、と科学は証明したが、人間はそれを信じようとしない
    魚が痛みを感じるという研究結果を解説(Sentient 2024)
    https://sentientmedia.org/do-fish-feel-pain/ ↩︎
  4. 魚は苦しむことができるか?:知覚、痛み、恐怖、ストレスに関する視点(ScienceDirect 2004)https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168159104000498 ↩︎
  5. 痛覚と痛みの進化:魚類モデルからの証拠(2019)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31544617/ ↩︎
  6. FAOはこれまでで最も詳細な海洋魚類資源の世界的評価を発表した。(FAO 2025)
    tail/fao-releases-the-most-detailed-global-assessment-of-marine-fish-stocks-to-date/ ↩︎
  7. ゴーストフィッシングに関する文献レビュー:海洋環境への影響と規制措置(ScienceDirect 2025)
    https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0025326X25000797 ↩︎
  8. 魚介類に含まれる水銀について(厚生労働省)
    https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/suigin/ ↩︎
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